大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和31年(ネ)128号 判決

控訴人 岡本信孝

被控訴人 渡辺正一

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し別紙〈省略〉目録記載の家屋を明渡さねばならない。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は本件控訴を棄却する。訴訟費用は控訴人の負担とする。旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴人において控訴人と訴外桑原清子(現在渡辺清子)との間における和解契約(甲第一号証)において桑原清子は控訴人に対する(1) 昭和三十年六月迄の延滞賃料金九千百四十五円の内金五千円を同年七月末日迄に内金四千百四十五円を同年九月末日迄に支払うこと(2) 同年七月分以降の賃料は一ケ月九百六十円とし、毎月五日限り支払うこと(3) 桑原清子において右延滞賃料の支払を一回にても怠るか或は前示(2) の賃料を二回分以上怠つたときは両者間の賃貸借契約は当然解除となり、桑原清子は控訴人に対し本件家屋を即時明渡すこと(甲第一号証第三項)と定められた。然るところ桑原清子は控訴人が右和解調書に対し執行文の附与を受けた昭和三十年十月十九日迄に前示(1) の延滞賃料を全然支払わず、又前示(2) の賃料の内同年七月分のみを支払つた丈で同年八月以降十月分迄の三ケ月分の賃料の支払を延滞したので、控訴人は前示和解調書第三項に基き同年十月二十四日桑原清子に対し明渡の強制執行に着手したが、被控訴人は右債務名義成立前から本件家屋を占有中の旨判明し執行不能に帰したのでやむなく本訴を提起したものである。原審は右和解調書第三項は桑原清子において真に締結する意思がなかつたものとして控訴人の請求を排斥したが這は右和解契約の解釈を誤つたものであり原審挙示の判例も「特別の事情なき限り」と説示しており本件においては所謂特別事情の存する場合であつて該判例によるも控訴人の請求は容認さるべきである。而して仮に百歩を譲り原審の判断にして正当なりとするも桑原清子は昭和三十年十二月以降同三十一年四月迄五ケ月分の賃料の支払をなさず、控訴人は同女に対し同年四月六日これを原因として内容証明郵便を以て賃貸借契約解除の意思表示をなし該書面は翌七日同女に到達し以て同日本件賃貸借契約は解除となり従つて被控訴人は何等の権限なくして本件家屋を占拠しているものとせねばならない。と述べた外原判決摘示と同一であるから茲にこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

桑原清子(現在渡辺清子)が控訴人から本件家屋を借用していること控訴人が桑原清子に対し本件家屋明渡の強制執行に着手したが執行不能に終つたこと及び被控訴人が本件家屋に居住していることは当事者間に争がないところで、原審における証人渡辺清子の証言及び被控訴本人訊問の結果によれば被控訴人は昭和二十五年に桑原清子と事実上の婚姻をなし爾来本件家屋に同居し同三十年十二月十五日に到つて婚姻届出をなしたものでその本件家屋に居住するのは独自の権限に基くものでなく桑原清子の家族の一員としてその権限に依拠するものであることが明かであるから現在桑原清子に本件家屋を占拠居住する権限があるか否かを判断せねばならないのであるが、前示証言本人訊問の結果、成立に争のない甲第一、二、三、五、六号証及び当審における控訴本人訊問の結果を綜合すると桑原清子は昭和十三年頃からその夫桑原義晴と本件家屋を借用して居住していたが、既に認定したように被控訴人と婚姻し被控訴人も本件家屋に同居するに到つたこと、桑原清子は相当期間に亘つてその約定賃料の支払を延滞するに到つたので控訴人から名古屋地方裁判所え桑原清子を相手方として昭和三十年六月本件家屋の明渡及び延滞賃料等の支払を求める訴訟を提起し同年七月二日担当裁判官の勧告により桑原清子と控訴人との間にその主張のような内容の裁判上の和解が成立しその調書が作成されたこと、然るに桑原清子は和解条項に反し同年七月分の家賃を支払うた丈で二回に分割して支払うべき延滞賃料及び同年八月分以降の家賃二回分以上を支払わなかつたので控訴人は右和解条項第三項によつて桑原清子との本件家屋の賃貸借契約は他に何等の事由乃至何等の手続を要せず当然に解除となつたものとして同年十月右和解調書に執行文の附与を受け本件家屋明渡の強制執行に着手したが、被控訴人が本件家屋に居住しておりこれに対する債務名義竝びに執行文がないことからその執行が不能に帰したことが認められる。そこで右和解条項第三項に所謂当然解除の趣旨を究明せねばならぬのであるが原審判示のように桑原清子が和解条項に約定された如く履行し得なかつたことやその後の処置において若干酌量に値する事情の存することは否定し得ないにしても、右和解条項が苛酷なものであつて当事者の真意は桑原清子の不履行によつて当然契約解除の効果を生ぜしめるとするのではなく「相当期間継続して賃料の支払を怠るときは賃貸人は催告を要せずして契約を解除し得る」に止まるとすることは承服し難い。蓋し本件和解成立の経緯は前掲証拠によつて明かなように桑原清子は昭和三十年四月迄に約八ケ月分(一月九百三十円)の賃料支払を怠つたので、控訴人は同月十二日附を以て一週間の期間を定めその支払の督促及び条件附契約解除の意思表示をしたにも拘らず猶その支払をせぬのでやむなく訴訟を提起したものであつて、既に控訴人としては輙く和解に応じ難い立場にあり和解勧告に応ずるとしてもその履行確保の手段として相当厳格な条件を要求すべく又そのことは無理からぬことといえるのであり、一方桑原清子としても右の経緯を知悉しているのであつてこの際和解を成立せしめるについては相当厳格な条件を呑まねばならぬことは十分納得しその履行可能の範囲で和解勧告に応じたであろうし、又その間にあつて担当裁判官が双方の立場と事情を充分に考慮し双方のために適当な条件を以て和解の成立を勧告斡旋し以て漸く和解成立に到つたことを窺うに足り、且つ如上の双方の立場及び事情を考慮すれば右和解条項において延滞分割支払を一回でも怠り又はその後の家賃二ケ月分以上の支払を怠るときは他に何等の事由乃至手続を要せずして直に賃貸借契約解除の効果を発生しめると定めたことは必ずしも当事者の真意に副わない不当可酷な条件とすることは出来ないのであり、本件和解条項第三項の当然解除の趣旨を原審のように解することは右和解成立に関する特別な事情を全く無視したことによる行過というの外はない。原審挙示の決定は本件の具体的事案に適切なものでなく寧ろ本件においては右決定に所謂特別の事情が存する場合に該当するのであるから本件和解条項第三項に所謂当然解除とはその字義のとおり桑原清子においてその和解において約定せられた履行を怠つた以上直に他に何等の事由乃至手続を要せずして本件家屋の賃貸借契約解除の効果を発生せしむる趣旨であると解するのを正当とする。従つて桑原清子において右和解契約において定められた延滞賃料の第一回分の支払日たる昭和三十年七月末日を徒過し又同年八、九月分の家賃を支払わなかつた以上本件家屋の賃貸借契約はその他の事由乃至手続を要せず直に解除せられ控訴人に対し本件家屋を明渡すべき義務を生じたことは明かである。

そうだとすれば被控訴人は控訴人に対し本件家屋に居住すべき何等の権限も主張し得ない筋合であつてその明渡請求を忍受すべきものであり、その余の点を判断する迄もなく控訴人の請求は正当としてこれを容認すべきに拘らずこれを排斥した原判決はこれを取消すべきものである。然し控訴人の仮執行宣言の申立は事案の性質上適当でないと思われるからこれを許さないこととする。

仍て民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第八十九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 山田市平 県宏 吉田彰)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例